金融を支える「信用スコア」
「お金の融通」、つまり「金融」においては、相手が信用に値するかどうかを量ることが重要です。そのような個人の信用度を表す指標として「信用スコア」があり、日本など多くの国では、年収や今までに借りたお金の返済状況などの金融状況を踏まえて算出した数値が用いられています。
「社会の血液」とも呼ばれるお金を回すのが金融、それを支えるのが信用スコアとも言えますが、金融サービスをあまり用いた経験のない人には信用スコアが付与されなかったりと、課題もあります。
しかし今はWebがあまねく浸透したIT社会。信用スコアの算出に用いることができるデータも大幅に拡大しています。本稿では、IT社会ならではの、新たな個人信用スコアの創造に関する海外動向を、欧州(ドイツ)と中国から一つずつ紹介します。
関連情報:
- 「信用情報」、Wikipedia
ドイツのKreditechの個人貸付
まず紹介するのはドイツ・ハンブルグのKreditech社。2012年に設立されたスタートアップです。Webからの情報を駆使して個人の信用スコアを算出し、それに基づいて無担保の貸付を行うFinTech企業です。
関連情報:
- Kreditech社のWebサイト:https://www.kreditech.com/
- 「Kreditech: A credit check by social media」、Financial Times、2016年1月19日
- 「Online lender Kreditech closes out Series C at $103M after getting $11M from the IFC」、TechCrunch、2016年3月23日
事業の背景にあるのは、個人信用スコアの網羅性の欠如。上記のFinancial Times記事中に世界銀行による図が引用されていますが、多くの国で信用スコアを持たない層が2010年から2015年の間に拡大していることがわかります。信用スコアを持たない個人は、貸付時の与信審査に通らないことが多いため、資金ニーズが生じた際にはグレーな貸金業者から借りるしかないという状況に追い込まれます。KreditechはドイツFinTech企業ではありますが、チェコ、メキシコ、ポーランド、スペイン、ロシアといった、信用スコアを持っていない層を対象に対象に事業を展開しているとのこと。
面白いのは、Kreditechの信用スコア算出方法です。同社が対象としている個人顧客は金融サービス利用の履歴からの信用スコア算出ができません。そこで同社は、個人顧客の同意のもとでWebの閲覧履歴やソーシャルメディアの利用状況のデータを取得するなど、従来は用いられていなかったようなデータで、顧客の「人となり」を把握し独自の信用スコアを算出するのです。
報道によると、同社が活用するデータは2万項目以上。Web閲覧やソーシャルメディア利用以外にも、同社サイトの各ページでの滞留時間(ちゃんと読んでいるか)、データ入力はコピペなのか手入力か、など一見すると意味のないような細かなデータを集め、総合的に判断します。
高リスク層が対象ということで同社の貸付金利は高めに設定されており、返済期間30日のマイクロローンでは1日の金利が0.8%から1%とのこと。融資残高は「二ケタ百万ユーロの中間点近く」とのことで4000万から6000ユーロくらいでしょうか。2015年の売上は4100万ユーロで、まだ黒字化はしていないとのことです。
非伝統的手法による個人向け融資を展開するだけでなく、同社は「Monedo」というウォレットアプリで口座サービスにも参入したとのこと。非金融機関による金融サービス参入の事例とも言えます。同手法による個人信用スコアリングはまだ始まったばかりですが、今後の景気サイクルの循環にも耐えて定着していくのか、関心を持って見守ります。
非伝統的手法による与信の事例としては、欧州のEC向け後払い決済のクラーナがあります。以下の記事も参照ください:
- 「欧州発の後払い決済「クラーナ」の米国進出」、インフキュリオン・インサイト、2014年12月4日
中国アリババの個人信用スコアリング
クレジットカードを持たない個人が大半の中国。融資を受けて返済した履歴情報もなく、個人信用スコアの制度が未成熟です。金融制度の大きなギャップと言えますが、そのギャップを埋める施策に政府が乗り出しています。2015年1月に、ノンバンク8社に、信用情報整備に乗り出すよう通知したのです。
国策として2020年までに全国民を対象とする個人信用データベースを整備しようという取組みの一環ですが、まずは民間企業の取組みを見て研究しようということのようです。
このあたりの事情は下記記事を参考にしています:
- 「China ‘social credit’: Beijing sets up huge system」、BBC、2015年10月26日
- 「Measuring Credit: How Baidu, Alibaba And Tencent May Succeed Where Facebook Failed」、Forbes、2016年3月17日
そして真っ先に動いたのが中国ECの巨人・アリババ。日本でも訪日中国人客の増加を背景に、アリババグループのモバイル決済サービスであるAlipayの導入が盛んですが、中国政府の通知の1ッか月後には個人信用スコアリングに乗り出しています。
サービス提供しているのはアリババグループの金融会社であるSesame Credit。アリババの4億人のユーザのEC上での購買行動・金融行動を基に信用スコアを算出します。さらに提携パートナーであるタクシー配車のDidi Kuaidiにおける個人評価など関連するデータも集めて活用しているとのこと。
Sesameの取組みで面白いのは、多くの国では個人情報として秘匿される信用スコアを、個人が自ら開示することを奨励していること。例えばアリババグループの結婚紹介サービスであるBaiheでは、高い信用スコアを持つユーザは目立つところに掲載されるようになっています。これを受けて、Beiheの9000万人ユーザの中にも、自分のSesame信用スコアを開示するユーザが増えてきているとのこと。
Sesame信用スコアは融資など金融サービスで用いられるだけではありません。例えばホテル宿泊や自動車レンタルなど、通常はデポジットを払わなければならないサービスでも、Sesame信用スコアが一定以上であればデポジット無しでサービスが受けられる特典もあるとのこと。まさに「金融における信用」を超えて、「社会人としての信用」として普及させることを狙っている模様です。
信用スコア制度がそもそも無かった中国において、社会の潤滑油としての信用スコアを広めようとする政府とアリババの取組み。個人情報保護に敏感な他国とは違った、個人信用スコアの活用の新境地を開いていきそうな予感です。
フィンテックとネオバンク
本稿では、非金融機関による個人信用スコアリングの海外事例を紹介しました。これらは共に、フィンテックでありますが、「非金融機関による金融サービス提供」としてのネオバンク事例とも言えます。従来の金融機関ではなく、ITスタートアップやEC企業が先駆者として金融の新たな市場を創っていく、わたしたちは既にそんな時代にあるようです。