2016年後半の高額紙幣の廃止で世界の注目を浴びたインド。市民生活を巻き込んだ混乱が印象的でしたが、キャッシュレス化、とくにモバイル決済を拡大させた大きな契機でもありました。今回はそのインドのQRコード決済の国内統一規格の動向を紹介します。
インドのQR決済サービス
インドのQR決済で有名なサービスと言えばPaytm。2010年創業のモバイル決済サービスで、リアル店舗ではQRコード決済も利用できます。2016年後半の高額紙幣廃止時の混乱はPaytmにとって大きな商機となり、施行1ヶ月半後には一日の決済件数が急増し650万件に達したとのこと。登録ユーザは2億人以上と、巨大市場インドで首位を走るウォレットだけあって想像を絶する規模となっています。
PaytmのほかにもMobiKwickなど複数のQRコード決済サービスが普及しているインド。POS不要で電子決済を導入できるというシンプルさが、店舗にも消費者にも支持されている模様です。
ちなみに、PaytmのQRコード決済はEMVCo流の用語で言うと「Merchant-Presented」、つまり加盟店が表示するQRコードを消費者のスマホで読み取ることで決済が走るという方式です。このQRコードは「静的QRコード」であり、紙に印刷したものを貼っているだけですので、利用金額などの取引情報は含まれていません。決済時には、消費者自身が金額を入力して決済を行うという利用フローになっています。
ほかにもVisaは「mVisa」、MasterCardは「Masterpass」でQR決済サービスを展開中。国際ブランドと地場モバイル決済事業者が入り乱れて、QRによる非接触決済を拡大させているのがインドの状況です。
参考情報
- 「インドのペイtm、カナダで決済サービス」、日本経済新聞、2017年3月31日
- 「インド、モバイル決済急伸 高額紙幣廃止で現金不足」、日本経済新聞、2016年12月27日
- 「電子決済総覧 2017-2018」、Part6 海外における電子決済サービスの普及動向、2017年
統一規格「BharatQR」
QRコードによるモバイル決済が拡大しているインドですが、複数サービスの乱立は加盟店や消費者にとって面倒な事態を引き起こしています。一つ一つのサービスが加盟店にQRコードを付与しているため、レジ周りではたくさんのQRコードが表示されることになり、消費者は利用したいQR決済に対応したアプリを立ち上げて読み取りを行う必要があるのです。
そこで、同国の決済システムを統括するNational Payments Corporation of India (NPCI)が2017年2月に公表したのがBharatQR。NPCIによると「世界初の共通決済QRコード」です。どういうことかというと、加盟店はBharatQR一つを表示しておけば、消費者のアプリはそれを読み取って決済することができる、というものです。
ところで、名称にある「Bharat」というのは、インドにおける自国の呼び名。「日本を英語で言うとJapan」と同じように、「バーラトを英語で言うとIndia」ということです。
国名を冠したBharatQRには、「国産統一規格」として矜持が感じられます。
現時点では、BharatQRに参画しているのはNPCI自身に加えてVisaとMasterCard。つまり、BharatQRには、VisaとMasterCardに共通する「統一加盟店ID」のような情報がエンコードされていることになります。(American Expressも対応予定です。)
BharatQR対応サービスとしてさらにNPCIが運営しているデビットサービスである「RuPay」も挙げられています。RuPayはまだQR決済サービスが無いのですが、QR対応するという意思表示と見られます。
ところで、このBharatQRには、Paytmなど銀行が競合とみなしているモバイル決済事業者には門戸を開いていません。銀行業界の競争戦略という要素もありますが、まだ規格自体が安定していないという事情もあるようで、ゆくゆくはノンバンクプレイヤーにも開放していくのではとの見方もあるようです。
BharatQRについては下記のYouTube動画を観るとイメージを掴みやすいです。
- 「BharatQR」、NPCIのYouTube動画
QR決済を進めるインドNPCI
実はNPCIは中央銀行であるインド準備銀行傘下にある機関で、同国における電子決済の拡大はNPCIの重要ミッションの一つとなっています。QR決済に関する取り組みもBharatQRだけではなく、UPI(Unified Payment Interface)という口座間送金の仕組みをPOSに対応させるという取り組みも推進しています。BharatQRは静的QRコード(個別取引の情報を反映していない)のに対し、UPIは取引内容を反映した動的QRコードにも対応しているなどの差異もあり、NPCI自身がスキームの乱立を招いているような状況でもあります。
BharatQR自体も、UPI対応を予定しているそうです。(上記のYouTube動画にも言及あり)
軽量なインフラにおいて非接触決済を実現する仕組みとして各国で取り組みが進められているQRコード決済。今回は、複数サービスをまたがる統一規格を作るというインドの取り組みを紹介しました。
※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です。
参考情報:
- 「The NPCI is trying merge Bharat QR and QR codes generated by UPI」、MediaNama、2017年4月13日
- 「BharatQR FAQ」、NPCI
- 「BharatQR – World’s first interoperable QR code acceptance solution launched in India」、MasterCardプレスリリース、2017年2月21日
- 「mVisa to Expand to 10 Countries」、Visaプレスリリース、2017年2月27日