カード決済や電子マネーは順調に拡大しており、お買い物シーンのキャッシュレス化は進んできている日本。しかし個人間のお金のやりとりは銀行振込または現金授受というのがまだまだ主流です。そんな中、今年4月には新たな無料送金アプリがスタートしました。「Kyash」(キャッシュ)です。そこで今回はそのサービスの特徴と日本における法制度上の位置づけについて紹介したいと思います。
参考情報:
- Kyash社Webサイト:https://kyash.co/
- 「個人間無料送金アプリ「Kyash」リリース – LINE Pay、paymoとの違いは?」、マイナビニュース、2017年4月5日
- 「個人間の無料送金アプリ「Kyash」iOS正式版を提供開始─残高を買い物で使うことも可能」、TechCrunch、2017年4月5日
- 「ドコモ口座アプリの使い方」、NTTドコモ
- 「ソフトバンクカードの利用方法」、ソフトバンク
- 「LINE Payって?」、LINE
個人間送金サービス
実は、アプリを用いた個人間送金サービスは既にいくつかあり、携帯キャリアからはNTTドコモの「ドコモ口座」、ソフトバンクの「ソフトバンクカード」といったプリペイドサービスが個人間送金機能を持っています。また、LINEの「LINEペイ」にも同様の機能があります。これらのサービスは、もともと巨大な顧客基盤を持った企業が運営しているだけに、ユーザ数もまた巨大なものですが、有名な米国Venmoのように、「個人間送金といえば○○○」というように広く認知されたサービスというのはまだ出現していません。まだまだこの領域でのイノベーションの余地は大きいと言えます。
そして最近登場し大きな注目を浴びているのが「Kyash」。4月5日からiPhone版がスタートしています。
ところで、個人間送金の大きな課題の一つは、送金する人と受け取る人が同一のプラットフォームを利用している必要があること。銀行振込などはこの条件を満たしやすいですが、アプリ送金となるとまだハードルが高いようです。「Kyash」の特徴の一つは、SNSや電話帳で相手を特定できさえすれば、相手がアプリをまだダウンロードしていなくとも送金や請求ができること。相手は「Kyash」に登録すれば送金された金額を受け取ることができる。TwitterやLINEで繋がっている相手であれば誰でも送金することができるのは便利ですし、受け取った側がまだ「Kyash」ユーザでない場合はこれを契機にユーザになることもできる、という点で、ユーザ基盤を拡大しやすい設計になっています。
また、送金だけでなく請求もできるというのも面白い点。送金のときと同様、相手がまだ「Kyash」ユーザでなくとも請求することができます。請求を受けた側は、それを承認すれば速やかに支払いをすることができる。従来ならば、割り勘精算などの金額をメールやメッセージでやりとりし、実際のの支払いは現金や振込など別のやり方でやっていたところ、「Kyash」ですとそれが全て同一アプリで済むということです。
個人間送金の法制度
ところでこのように金銭的な価値のやりとりは、日本の法制度では「前払い式支払い手段」と「資金移動業」という2種類の形態が規定されています。ざっくりいうとこれらの違いは「やりとりされた価値を再び現金化できるかどうか」というところにあり、現金化できないならば前者、できるならば後者、と考えるとわかりやすいです。
「Kyash」は前者にあたるため、やりとりした価値を現金に戻すことはできませんが、その価値をそのまま国内外のVisa加盟店でのショッピングに使うことができます。(注:本稿執筆時点ではオンライン用のバーチャルVisaカードでの買い物。リアル店舗での利用は準備中とのことです。)買い物に使える「価値」をやりとりするという意味では、ギフト券をやりとりしているのに近いとも言えるでしょう。
これだけでは制約が大きいように思えるかもしれませんが、別のところに「前払い式支払い手段」の大きなメリットがあります。それは厳密な本人確認が不要であること。ユーザ登録がとても容易になるという大きな利点になります。これはマネーロンダリングに利用されるリスクがきわめて小さい安全なサービスであることから、そのような制度になっています。(現金化できるサービスでは、免許証などの書類を用いた本人確認プロセスを踏まないと利用開始できません。)
ところで、「Kyash」の利用に手数料はかかりません。個人間無料送金でユーザを獲得し、ユーザ基盤が大きくなったところで買い物での加盟店手数料で収益を得る、というモデルは、海外の個人間無料送金サービスでも定番となっています。そういう意味でも、「Kyash」は個人間送金アプリの王道を行く設計となっているともいえるでしょう。
「Kyash」の登場が、日本の個人間送金市場の活性化のマイルストーンとなることを期待します。