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iPhone向けモバイルウォレットとApple Pay

2014年の発表から世界中の決済業界関係者の注目を浴びてきたApple Pay。2016年には日本上陸も果たしています。海外ではNFC、日本ではFeliCaによるリアル店舗での非接触決済機能を搭載していますが、iPhoneで使える非接触決済アプリはApple Payのみであることは世界共通です。

iPhoneで使える、Apple Pay以外の非接触決済アプリは今後登場するのでしょうか。その行方を占う一つの指標になる事例がオーストラリアにありますので、今回はそれを紹介したいと思います。

オーストラリアの非接触決済

まずはオーストラリアの決済事情のうち、関連する事実から紹介します。

かつて現金以外で最も身近な決済手段の一つだった小切手は姿を消しつつあります。同国の中央銀行であるReserve Bank of Australiaの公表データによると、一人当たり年間小切手利用回数は2006年には22回だったものが2016年には5回にまで減っています。ビジネス上の決済ではまだ小切手利用が残っていますので、個人の支払いにおける小切手利用の減少はさらに大きいと思われます。

小切手利用の減少に対して、カード決済の利用は増えています。2016年までの5年間で一人当たりカード利用回数(ショッピングとATM利用の合算)は59%増加し305回と高い水準に達しています。

カード決済によるキャッシュレス化が進行している同国ですが、非接触決済の普及度が高い点は世界からも注目されています。大手イシュアの中には、同社のMasterCardブランドのカードでの対面決済の74%が非接触EMVというところもあるそうです。非接触決済の普及のために、アクワイヤラである大手銀行などが店舗端末設置に力を入れてきたことが大きいですが、A$100まではサインレスで非接触決済できるという利便性も効いたようです。(このサインレス決済の上限値は世界的にも最高額レベルにあります。)

オーストラリアのApple Pay

さてそのように非接触決済が普及している同国。Apple Pay開始直後からApple Pay待望論が多く聞かれていました。現在では既に開始されており、数十のイシュアのカードがApple Payで利用可能になっています。

オーストラリアのApple Pay提携イシュアのリストは以下:

しかしこのイシュアのリスト、よく見ると、Commonwealth Bank of Australia、Westpac Bank, National Australia Bankなどの大手銀行が含まれていません。実は、これらにBendigo and Adelaide Bankを加えた大手銀行4社は、iPhoneのNFCアンテナへのアクセスを巡るAppleと団体交渉の是非について公正取引委員会(Australian Competition and Consumer Commission; ACCC)への申し立てを行っていたという事情があります。

それにはこのような背景があります。iPhoneには非接触決済などで利用できるNFCアンテナが搭載されていますが、NFCアンテナにアクセスできるアプリは全てAppleが握っています。ですので、 NFCアンテナにアクセスして非接触決済できる独自アプリをApple以外の事業者が開発・配布することはできません。

これに不服だったのが上で挙げた大手銀行4社。同国のリテール預金の半分以上、カード発行の3分の2以上を握る大手連合です。同国のモバイル端末に占めるiPhoneシェアは4割と世界的にも高い水準にありますが、消費者の多くが愛用しているiPhoneで非接触決済サービスを提供しようとすると、Apple Payとの提携しか道がありません。独自アプリ開発が不可能だからです。

しかしApple Payと提携する場合、利用のたびにAppleに手数料を払わなければなりません。その料率は公表されていませんが、米国での報道では決済金額の0.15%と言われています。加盟店決済手数料を法律によって低く抑えられているオーストラリアではこれはかなり痛いでしょう。また、Apple Pay提携では、各イシュアのカードはApple Payに登録可能な多数のカードの一つ。銀行のブランドは「Apple Pay」の陰に隠れるかたちになりかねない点も問題視したようです。

Apple Payとの提携ではなく、独自の銀行ウォレットを提供したいと考えた大手4社。NFCアンテナ開放に関して個別にAppleと交渉しようにも、交渉力に劣ります。そこで4社連合で団体交渉しようと考えました。4社によるApple Payボイコットを視野に入れることで有利な交渉にもっていきたいという意図でした。

オーストラリアでの法制度上、このような団体交渉は公正取引委員会(ACCC)の許可が必要です。4社は2016年7月にその許可を申請し、Appleとの対決姿勢を鮮明にしました。

iPhoneでの独自ウォレット?

ACCCが判定を下したのは2017年3月末。4社の団体交渉を認めないという、Appleよりの判断となりました。2016年11月に公表されていた裁定ドラフトの路線を踏襲したものとなりました。

ACCCは、銀行が独自ウォレットを配布することは、同国における非接触決済領域での競争促進となるプラス効果があることは認めるものの、それに伴うマイナス効果を重視し、銀行4社の申し立てを却下しています。そのマイナス効果とは以下の3点に集約されます:

  1. AppleにNFCアンテナ開放を迫ることは、モバイル端末市場においてAndroidと競争しているAppleの、「iOSとデバイスの一体化」という戦略を歪めることになる。
  2. モバイルウォレットによる非接触決済はまだ未成熟な市場であり、その方式もNFCによる非接触EMVだけではなく様々である。現時点で4銀行の申し立てを認めると、NFC方式を人工的に後押しすることになり、非接触決済におけるイノベーションを阻害してしまう。
  3. Apple Payのように複数のイシュアのカードを登録可能なモバイルウォレットでは、消費者はカード間の乗り換えが容易であるので、カードイシュア間の競争を促進する効果がある。銀行の独自ウォレットは消費者を特定銀行にロックインするものなので競争を抑える方向に作用する。

このように、ACCCはAppleにNFCアンテナ開放を迫ることは競争を阻害し、結果的には消費者への不利益になると判断しました。

iPhoneアプリ型のFinTechサービスは世界的にも百花繚乱の感があります。NFCアンテナを活用するタイプのFinTechも考えられますが、今回iPhoneのNFCアンテナへのアクセスに関してオーストラリアで当局の判断が出たことは注目に値します。法制度の異なる他国への直接的な影響は無いとはいえ、その判断は参考となる前例としてApple自身が活用していくと思われるからです。

今回のオーストラリアでの判定を考えると、今後もiPhoneのNFCアンテナへのアクセスはAppleが独占管理を継続する見通しです。世界のモバイルウォレット市場での競争が続いていく中、Appleは今後も自社戦略における強いコントロールを維持していくことでしょう。

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