キャッシュレス決済が着実に拡大している日本。従来からあるクレジットカードと電子マネーに加え、最近は国際ブランドデビット、国際ブランドプリペイドといった新しいカードの発行も相次いでいます。
決済方法は多様化してきていますが、あまり変わらないのが個人がお金を受け取る方法。多くの人が賃金労働している中、賃金の受け取り方は銀行口座振り込みが主流ですが、それをカードで受け取るサービスは可能なのでしょうか?本稿はそんな「給与支払いのためのペイロールカード」について考察します。
賃金支払いに関する国内制度
賃金をカードで受け取ることができるのか?という問いですが、下記サイトなどの情報によると現時点では答えはNoのようです。賃金は原則として通貨で支払うべきものであって、一定条件下での例外として金融機関口座への振込による支払が認められている、と理解すべきもののようです。
関連情報:
- 「Q7 賃金の支払方法についての規制はどのようなものがありますか。」、独立行政法人労働政策研究・研修機構、2011年
より多くの人に利便性の高い金融サービスを届することで、日本の金融業界を活性化しようというFinTech。給与支払いのFinTech、というものも考えられそうですが、それには規制緩和が前提となるようで、今すぐというわけにはいかないようです。日本のFinTechが賃金支払いにも広がっていくのか、動向を注視します。(FinTech協会のアンケートでも、賃金支払いに関する規制緩和は論点の一つのようです。こちらを参照ください。)
米国ペイロールカード事情
国内ではこのような状況ですが、給与支払い用カードである「ペイロールカード」が拡大している米国。2014年にペイロールカードで給与を受け取った米国人は600万人。2019年には倍の1200万人にまで拡大するとも言われています。
関連情報:
- 「NBPCA: More Americans Turning to Payroll Cards – Here’s Why」、BusinessWire、2016年6月8日
- 「Checkmate: U.S. Payroll Card Programs Trump Paper Checks」、Aite、2015年8月8日
しかし詳しく見てみると、米国でのペイロールカードの拡大には、日本とは異なる消費者ニーズ/事業者ニーズに対応していることがわかります。これは、ペイロールカードに対する従来サービスが何か?を考えればよいのですが、日本ですとこれは銀行口座振り込み。米国ではこれが「小切手払い」になります。
給与を小切手で受け取る場合、個人から見ると以下のような煩雑さや費用がかかります。
- 社員は、給与支給日に、決められたオフィスに行って紙の小切手を受け取る必要がある。
- 小切手は「小切手口座(checking account)」に入金して初めて使えるお金になるが、そもそも小切手口座を持たない人が米国には6800万人いると言われる(前掲記事)。
- 小切手口座の無い人は、小切手を現金化してくれる業者にそれを持ち込む必要がある。これは日本の手形割引に近いものを考えればよいが、ここで手数料がかかってしまう。
- 小切手を現金化できても、小切手口座が無い人はその現金を管理する手段が無い。電子的な支払いに充てられないし、多額の現金を保有すること自体にリスクがある。
給与を支払う側の事業者から見ると小切手には以下の課題があります。
- 紙の小切手を準備し配布する業務コスト
- 紙の小切手の不正利用リスクとその対応コスト
そこで登場するのがペイロールカード。これは法人からも入金可能なプリペイドカードを考えればよく、これを突けば給与をカードチャージとして処理することができます。紙の小切手を完全に迂回して電子的に処理が可能という利点が事業者側にはあります。
個人にとってのペイロールカードの利点は以下と言われています。
- 支給日にわざわざ小切手を受け取りに行く必要がない。
- 小切手口座非保有者にとっては、ペイロールカード口座自体がお金を入れて置ける場所として機能する。
小切手に対しての利便性は高いように思えるペイロールカードですが、現金引出等の手数料については批判もあるようです。
関連記事:
- 「Are Hourly Workers Being Short-Changed? The Truth About Payroll Cards」、Forbes、2013年7月23日
お金の扱い方は個人の生活スタイルや商習慣に密着したもの、ということがよくわかるペイロール事例。FinTechを考えるうえでも、各国事情や既存の金融インフラそして独特なニーズをくみ取っていくことが重要ですが、それがよくわかる例がこのペイロールカードに関する日本と米国の違いとも言えるでしょう。