日本で最も普及しているキャッシュレス決済はクレジットカード。その本質は加盟店に客を送り込む送客サービスです。ポイント還元はその一つの手段ですが、かつて大きな注目を集めていたのが「カード決済連動型オファー(card linked offer; 以下CLO)」。
今はQRコード決済や消費増税関連の大型ポイントサービスの陰で目立たない感がありますが、CLOの本家である米国では独自進化したCLOが拡大しています。今回は「イシュア提携型」と「カード登録型」の2種類のCLOの最新動向を紹介します。
CLOとは
2014年ごろに大きな注目を集めていたCLOですが、「そもそもCLOって何?」という読者も多数おられると思います。下の図に、ユーザー(消費者)からみたCLOの使い方をまとめてみました。
CLOというのは、カード会員向けキャンペーンと似ています。まずオファー(キャッシュバックなどのキャンペーン情報)を見て、使いたいオファーにエントリーしておきます。
CLOの特徴の一つとして、「オファーは加盟店が出すもの」というのがあります。なので、オファーは一般的に、「A屋で買い物すると10%キャッシュバック!」といったように、特定のお店での買い物を促す内容になっています。
ユーザーはそのお店に行って買い物をします。お金を払うときには、オファーに紐付けたカードで決済するだけ。オファーのことを店員に告げたりする必要はありません。黙って普通に決済します。(店員もそういうオファーがあることを知っておく必要もありません。加盟店にとっては楽な仕組みです。)
あとは、「ユーザーがそのお店に行って実際に買い物した」という事実を、カード決済実績などから確認して、オファーが自動的に適用されます。例えば、一定のタイミングでキャッシュバックがカード口座に適用される、などです。
CLOを設計する際の論点
上の図でも挙げていますが、重要なのは「どんなカードを対象にするか?」です。これは、「どんなカードならば、CLO運営者がユーザーのカード決済実績を確認できるのか?」というサービス実現性に直結します。
これでだいたい2つのパターンがあります。
- 「イシュア提携型」:特定のカード発行会社(イシュア)のカードのみを対象とする形態。
- 「カード登録型」:カードのイシュアによらず、ユーザーが登録したカードなら基本的に何でもOKとする形態。
日本では「イシュア提携型」を提供するイシュアが何社かあり、主流の形態となっていました。これは、「カード決済実績を確認しやすい立場にいるのは、カードイシュア」ということを踏まえると自然なことです。
米国ではイシュア提携型CLOのCardlyticsが規模拡大を続けています。下で紹介します。
もう一つの「カード登録型」は日本にはない面白い形態です。米国の大手口コミサイトYelpは、カード登録型CLO業者Empyrのサービスを使ってキャッシュバックサービスを展開しています。あとでもっと詳しく紹介します。
イシュア提携型CLO
事例として、米国のCardlyticsを紹介します。日本ではあまり耳にすることがなくなったCLOですが、Cardlyticsは順調に成長を継続してきました。今では2000社以上のイシュアと提携し、オファーの広告主である加盟店とイシュアをつなぐ「販促ネットワーク」的な立ち位置を築いています。
面白いのは、Cardlyticsと提携している米国のクレジットカードイシュアは、カード会員向けのキャンペーンの運営をCardlyticsに委託しているという点。例えばこちらの記事の画像には、Cardlyticsと定型したカードイシュアであるSun Trustのキャンペーン画面が確認できます。「いろんな加盟店でSun Trustのカードで決済すると、10%のキャッシュバックが受けられます!」というわけです。
Cardlyticsは提携イシュア獲得に力を入れてきていて、提携先には大手イシュアであるBank of Americaも含まれています。Cardlyticsの月間アクティブユーザー数は8320万人とのことで、CLO事業者としての存在感は圧倒的です。
そのCardlyticsの成長はまだまだ限界を見せません。昨年後半にはさらに、米国最大のイシュアであるJPMorgan Chase(以下Chase)、そして最大手イシュアの一社であるWells Fargoとの提携開始を発表しました。
Chaseは、会員向けキャンペーンの新サービス「Chase Offers」を立ち上げています。裏では、その運営はCardlyticsが行う、というわけです。Chase Offersのサイトの画面イメージは、一見すると何の変哲もないカードイシュアのキャンペーン画面。その実態は、「巨大販促ネットワーク」であるCardlyticsが担っているというわけです。
Cardlyticsに関する参考記事:
- 「Cardlytics Expands Purchase Intelligence Platform with Launch of Chase Offers」、Cardlyticsプレスリリース、2018年11月20日
- 「JPMorgan Chase Signs Deal with Cardlytics」、Finovateブログ、2018年5月16日
- 「Chase and Wells Expected To Give a Big Boost to Cardlytics, But Revenue Growth Will Lag」、Digital Transactions、2019年3月7日
カード登録型CLO
イシュアが自社会員向けに提供するのが通常と思われていたCLO。それをひっくり返して、イシュア不問とするCLOが米国で登場しています。その運営事業者はEmpyr。マーケットプレイス系のWebサービスなどをクライアントとしています。中でも2016年のYelpとの提携開始は注目を集めました。
Yelpは、ローカルビジネスの口コミサイト。日本のサービスでは「食べログ」が近いと思われますが、「食べログ」は飲食店が対象なのに対し、Yelpは飲食店から家事代行や工務店など、様々なローカルビジネスを対象としています。また、お店を選ぶための情報収集だけにとどまらず、Yelpでは予約や配達依頼なども可能で、掲載企業のサービス利用に向けた導線を提供しています。
そんなYelpが提供している「Yelp Cash Back」、ここにカード登録型CLOが活用されています。
Yelp Cash Backでは、ユーザーは、加盟店が出しているオファーを見ることができます。最大10%のキャッシュバックが得られます。オファーにエントリーする前に、ユーザーはYelpに自分のカードを登録しておきます。ここで、カードのイシュアは不問。Visa・MasterCard・AMEXのカードならばクレジットカードでもデビットカードでもOKです。
そしてオファーにエントリーすると、オファーと登録カードが紐付けられます。あとはオファーを出した加盟店で購入し、登録カードで決済するだけ。キャッシュバックは、翌月の18日にまとめてカード口座に適用されます。
かなり便利で、筆者としても、ぜひ日本でこういうサービスを展開するマーケットプレイスが登場してほしいと思っています。ただ、これを実現するには、「カード利用実績の確認」という課題をクリアしなければなりません。
「Yelp Cash Back」の場合、カード登録型CLO事業者であるEmpyrが、国際ブランド各社のデータに基づいてオファー適用を判定しています。Visa・MasterCard・AMEXとも、こういったCLO事業者が使えるサービスを用意してあるのです。そのおかげでEmpyrは、イシュアとの提携無しに、どんなカードにも対応可能なCLOをYelpなどクライアント企業に提供できています。
Empyrに関する参考情報:
- 「Yelp Partners with Empyr to Close the Loop of Online-to-Offline Commerce with New Cash Back Program」、Empyrプレスリリース、2016年12月14日
- 「How does the Yelp Cash Back program work?」、Yelpサポートセンター
QRコード決済のポイント還元や消費増税ポイント還元が注目を集めている日本。しかし完成されたカード決済UXの上に乗るかたちで高い利便性を実現するCLOにも、まだまだ可能性はあります。特に注目したいのは「カード登録型」。日本のカード決済サービスの多様化とともに決済インフラも多様化してきています。その結果、カード登録型CLOの実現性も高まっているように感じられます。引き続き、市場の動向を見ていきたいと思います。