金融サービス市場を広げるFinTech
金融(Finance)と技術(Technology)の融合によって、便利で敷居の低い金融サービスを実現するものであるFinTech(フィンテック)。インフキュリオンもFinTech協会を通した活動など、フィンテックによるよりよい社会の実現を目指して活動しています。
よく聞かれるのが「FinTechは既存金融事業者の脅威ですか?」という質問。我々は「FinTech対金融機関」という構図で捉えるのは生産的ではない、と提唱してきました。技術によって従来はリーチできなかった顧客層にリーチできるようになったこと、そしてスマートフォン等の普及によって消費者の行動が劇的に変化していること。現在進行中のこの二つの大きな変化を機会として、より広い層に使ってもらえる金融サービスを創出するのがFinTech。技術を持ったスタートアップ企業と、顧客基盤とブランドを持った金融機関が手を携えて新たな顧客層を開拓してゆくことで、金融業界全体が活性化してゆく未来像をインフキュリオンは思い描いています。
そんな中、2015年12月1日、米国の大銀行が、中小事業者(SMB; Small to Medium-sized Businesses)向け融資の領域で、FinTechによる新サービスの代名詞とも言えるPtoP融資/オンライン融資プラットフォームのOnDeck Capital(オンデック・キャピタル、以下OnDeck)との提携を発表しました。本稿ではその概要を紹介し、両者にとっての戦略的意義について考察します。
オンライン融資プラットフォーム:OnDeck
今回の提携を発表したのは、米銀で最大の預金量を誇るJPモルガンチェース銀行(以下JPモルガン)。2016年1月から、25万ドルまでの事業者ローンの分野でOnDeckとの提携による実証事業を開始するとのことです。
OnDeckは米国に100社程度存在する、オンライン融資プラットフォーム。この分野は、もともとは個人間の融資のプラットフォームとしてスターとしたことから「PtoP融資(peer-to-peer lending)」などと呼ばれていましたが、低金利のマクロ経済環境にあって高い金利で融資実行できるというところに銀行など金融機関が注目、貸し手(または証券化した債権の買い手)として参加することで「個人間」という要素はかなり薄まっています。
そういう経緯から現在はPtoPという語は使われず、むしろ資金の需要家と貸し手を結びつける市場(マーケットプレイス)を提供しているところから「マーケットプレイス融資(marketplace lending)」や「オンライン融資プラットフォーム」などと呼ばれています。
日本ではまだあまり知られていないオンライン融資プラットフォームですが米国金融市場では一定の存在感があります。米国の報道のよると、2014年の融資実績は46億ドルで、2020年には470億ドルにまで成長すると言われています。
オンライン融資の実績値は以下の報道から引用:
- 「J.P. Morgan Enters Online Loan Boom」、Wall Street Journal、2015年12月1日
OnDeckは2007年設立で、Lending Clubと並ぶこの領域における「老舗」の一社。2015年の最初の9ヶ月の融資実績は13億ドルで、これは対前年70%の成長となっています。
OnDeckの融資実績は以下から引用:
- 「JPMorgan plans lending venture with OnDeck Capital」、Financial Times、2015年12月1日
従来の金融機関が注目したのはその金利。OnDeckでの事業者向け融資の金利は年率8.9%からなんと98.4%、平均金利は40%程度と驚くべき水準です。この金利水準に批判的な見方もありますが、オンラインでの融資申込みに対してほぼリアルタイムで融資可否を回答し、同日または翌日には資金を振り込む、という点に大きな価値を見出す需要家は多いということでしょう。
大銀行との提携、その戦略的意義
今回の提携では、JPモルガンは、OnDeckのプラットフォームを介して、同行の400万のSMB顧客の資金需要に対応してゆく、というもの。融資規模は25万ドル以下、ブランドも資金もJPモルガンのものによるとのことで、OnDeckは技術ベンダーとの位置付けになる模様です。
JPモルガンにとっては、自社では対応にコストがかかりすぎるためにアプローチできなかった層を顧客として取り込めるという利点があります。SMB融資は同行にとって「やりたくもなく、やる能力もなかった」領域(同行CEOのJamie Dimon氏の発言)。OnDeckを介した低コストの融資によって同行のSMB顧客から収益を挙げられるようになるだけでなく、バンキングサービスやクレジットカードのクロスセルの機会をもたらすものと期待されます。
一方、OnDeckのようなオンライン融資プラットフォームにとっては、需要家の開拓にかかるマーケティング費用が課題でしたが、JPモルガンとの提携で顧客基盤を一気に拡大できたことになります。
実はOnDeckにとってこのような提携は初ではなく、スペインの大手銀行BBVAとも同様の関係を結んでいます。また金融機関サイトでも、JPモルガンのライバルであるゴールドマン・サックスは消費者向け融資プラットフォームを自前で構築しているとのこと。
上で挙げたモルガン・スタンレーは、オンライン融資領域は今後5年間で、無担保消費者融資の8%以上、SMB融資の16%以上を占めるに至ると見ています。今後も欧米でのオンライン融資プラットフォームの存在感は高まっていくことでしょう。
日本の多くの金融機関においては、FinTech企業との付き合い方を見定めようとしている段階という印象ですが、このように欧米ではFinTechを起点とする大きな事業環境変化が起こりつつります。今後のFinTechによる金融業界活性化の方向性を占う上で、このような欧米事例を参考とする価値は大きいと言えるでしょう。
参考情報
- 「Love and war」、The Economist、2015年12月5日
- 「J.P. Morgan Enters Online Loan Boom」、Wall Street Journal、2015年12月1日
- 「JPMorgan plans lending venture with OnDeck Capital」、Financial Times、2015年12月1日
- 「Why JPMorgan Chase And On Deck Capital Are Teaming Up To Offer Small Business Loans」、Forbes、2015年12月1日
- 「FinTechの主戦場は『サブプライムローン』」、ITPo、2015年12月4日